第42番札所 黒牟田薬師堂(くろむたやくしどう)

●入り口

県道281号の大きな右湾曲部から、黒牟田の街並み表通りを400m下り、交差点手前から右手の路地を入ります。


●札所周辺

黒牟田山の窯焼が寄進した鳥居が並ぶ参道を進み、石段40段を登った広場に札所はあります。

●札所堂宇

●安置仏

本尊(中央2尊)薬師如来

脇尊1.(本尊左脇)大日如来

脇尊2.(本尊右脇)十一面観世音菩薩

脇尊3.(左から2尊目)不動明王

脇尊4.(右端)弘法大師

●歴史

有田光明新四国巡りの完成期(1900年頃)は、薬師堂北側の小堂が第32番札所で、本尊は十一面観世音菩薩でした。

その後に、薬師堂が建築され、1987年に改築されています。

●漢字

この漢字を、ガイド本巻末の チェックシート「42番」の所に、順礼の証しとして、書き写していきます。


●近くの見どころ・施設


1.陶山社

場所

札所の北側の石段上

由緒

創建は、山辺田窯最盛期の1600年頃と思われる

後に、佐賀藩始祖:鍋島直茂を祭神とし、直茂の戒名から「日峯社」と呼ぶ


2.山辺田古窯跡

場所

札所の北側100m

由緒

1972年の有田町営発掘調査で、1600~1650年に稼働した7基の窯が確認されている

この時の発掘調査で、古九谷文様を施した染付陶片が多く出土し、古九谷有田説が誕生した

天狗谷古第跡と同じ国指定古窯跡に指定されている

2013年の追加調査で、上絵付陶片も出土している。


3.黒牟田の街並み

場所

札所から東へ200m

由緒

江戸期の有田外山「黒牟田山」は1650年頃から始まる

山辺田窯は廃窯となり、この街並みの南側に築かれた多々良元窯に移る

この窯が「黒牟田登り」と呼ばれ、12軒の窯焼の共同窯となる


●第43番札所への道案内



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黒髪へんろ道 kurokamihenro-michi

黒髪へんろ道の魅力はまず、あの有田焼や伊万里焼の産地です。 さらに。松浦党や武雄後藤家そして南北朝の戦乱の歴史をもった土地柄です。 西九州の田舎ですが、そんじょそこらの田舎とは違う、魅力あふれる田舎なのです。 遍路歩きに来てみませんか。